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大阪高等裁判所 昭和31年(ラ)42号 決定 1956年10月09日

抗告人 松木栄助

主文

本件抗告は、これを棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の要旨は、

第一

(一)  原審判が、被控訴人松木利一の積極財産のみを相続財産とし、消極財産たる負債については、全然顧慮せずこれを計算に入れなかつたのは不当である。

(二)  原審判においては、相続財産中の土地及び建物の総価格を金四、七三八、二〇一円と認定されたが、右は過大に失し、昭和二十四年三月○○日本件相続開始当時の適正な価格は、金三、三七四、〇三〇円に過ぎない。右は、本件の如く多額の消極財産ある場合には、不当な結果を生ずるのは当然である。

(三)  原審判は、本件相続開始当時被相続人の○○銀行○○支店における預金債権額は、七一四、八一二円と認定されたが、これが事実に反することは、当時、被相続人が同銀行支店に対し、当座借越金一、九六三、五一八円の債務を有していたことによつても明らかである。

よつて原審判を取消し、遺産分割方法につき別紙記載の如き裁判を求める。

第二かりに、右の申立が容れられないとしても、抗告人は、被相続人の債務金二、三六五、五三八円を共同相続人のために支払つたから、各共同相続人に対し、右立替金の償還を命ずる裁判を求める

というにあつて、これに対する当裁判所の判断は、以下のとおりである。

抗告理由第一(一)について

被相続人の負債即ち相続債務は、それが可分のものであれば、相続開始と同時に、当然共同相続人に、その相続分に応じて分割承継せられるのであり、また不可分のものであつても、これを特定の相続人の負担とするのは、債務の引受として債権者の承諾なき以上効力を生じない関係にあるのであるから、遺産分割の対象たる相続財産中には、相続債務は含まれないものというべきである。また遺産の分割は、相続財産たる積極財産より相続債務たる消極財産を控除し、その残額についてのみ実施されるというわけではなく、ひろく相続財産たる積極財産を対象として行はれるのであるから、原審判か遺産の分割につき消極財産を計算に入れなかつたのは、当然であつて、この点に何らの違法はなく、抗告人の主張は理由がない。

同第一(二)(三)について

原審判書挙示の甲第二号証の一、二によれば、相続開始当時における相続財産たる土地の価格は、合計金二、五三三、一六五円、同建物の価格は合計金二、二〇五、〇三六円以上総計金四、七三八、二〇一円であると推認するのが相当であつて、これを覆し抗告人主張の三、三七四、〇三〇円に過ぎないものであることを認めしめるに足る証拠がない。また前記の甲第三号証及び被審人桑野千香の供述によれば、被相続人松木利一が、相続開始当時○○銀行○○支店に有していた預金債権額は、一応金七一四、八一二円であつたと認めるのが相当である。(もつとも右の如き相続債権は、相続開始とともに当然相続人に分割承継されるが、遺産分割の際更めて右債権を相続人に分配し直し、これとにらみ合せて遺産分割による各相続人の取得部分を定めることは差し支えなく、原審判はこの見地から、右預金債権を各相続人に分配したものと認めらるから、右は適法なものというべきである。)従つて抗告人の右所論は採用し難い。

同第二について

抗告人が、その所論の如く、他の共同相続人のために、相続債務の立替弁済をしたことを認めるに足る証拠がなく、かりに立替弁済をしたものとしても、共同相続人に対しこれが償還を求めるには、通常の民事訴訟によるべきであつて、遺産分割の審判事件において、右の如き償還を求めることができないのは、遺産分割の性質に照していうまでもないところであつて、この点に関する抗告人の所論も理由がない。

以上のとおりであつて、本件遺産の種類、性質、相続人の職業その他記録に現われた一切の事情よりすれば、原審判の如き遺産分割方法を定めたことを以て違法とするに由なく、他に原審判を取消すべき瑕疵はない。

よつて、本件抗告は、理由がないからこれを棄却すべきものとし、抗告費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 吉村正道 判事 金田宇佐夫 判事 鈴木敏失)

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